六本木の夜、400名の熱気の中で
私の音楽キャリアの原点は、約30年前に遡ります。
大学時代、六本木にあった元ディスコのパーティー会場で音響のアルバイトを始めたのがきっかけでした。
大学時代、六本木にあった元ディスコのパーティー会場で音響のアルバイトを始めたのがきっかけでした。
ネットもスマホもないテレビ全盛期。
その会場で、ドラマの打ち上げでは400名近いタレントさんやスタッフさんが集まり、私はその熱狂のど真ん中でDJとして音を鳴らしていました。
並行して六本木のクラブでハウスを回すレギュラーも持ち、学業と現場の往復に明け暮れる日々。
あの頃の空気感は、今でも肌が覚えています。
その会場で、ドラマの打ち上げでは400名近いタレントさんやスタッフさんが集まり、私はその熱狂のど真ん中でDJとして音を鳴らしていました。
並行して六本木のクラブでハウスを回すレギュラーも持ち、学業と現場の往復に明け暮れる日々。
あの頃の空気感は、今でも肌が覚えています。
その後、音楽制作会社を経て(才能が無く)会社員となりましたが、なぜか音楽制作会社時代よりも、会社員になってからの方が音楽の仕事が増え、DJ MIX CDのリリースや企業イベントでのDJなど、二足のわらじで駆け抜けてきました。
右耳の沈黙と、新たな日常
そんな私に転機が訪れたのは2023年9月。
メニエール病を患い、右耳の聴力を失いました。
日常生活に大きな支障はないものの、騒がしい場所での会話には苦労します。
もしクラブで見かけたら、ぜひ「左耳」の方から話しかけてください。
メニエール病を患い、右耳の聴力を失いました。
日常生活に大きな支障はないものの、騒がしい場所での会話には苦労します。
もしクラブで見かけたら、ぜひ「左耳」の方から話しかけてください。
しばらく現場からは離れていましたが、先日、中目黒のビッグエコーにある「DJ ROOM」の存在を知り、久々に「音」と戯れてみることにしました。
中目黒の夜、最新機材と対峙する
まずは予約の時間まで、中目黒のタコスの名店で腹ごしらえ。
駅から山手通り沿いに歩き、かつてブックオフだった場所にあるビッグエコーへ向かいます。
駅から山手通り沿いに歩き、かつてブックオフだった場所にあるビッグエコーへ向かいます。
案内されたDJ ROOMは8畳ほどの空間。
驚いたのは、最新のCDJはもう「CD」が使えないということ……。
時代の流れを痛感しながら、持参したUSBメモリを差し込みました。
驚いたのは、最新のCDJはもう「CD」が使えないということ……。
時代の流れを痛感しながら、持参したUSBメモリを差し込みました。
今回は友人二人を連れてのセッション。
お酒は飲み放題にしましたが、一人5000円ほど。
集中して音を出すなら、飲み放題はなくても良かったかもしれません。
お酒は飲み放題にしましたが、一人5000円ほど。
集中して音を出すなら、飲み放題はなくても良かったかもしれません。


DJルーム料金表。

飲み放題ドリンクメニュー。

「自称DJ」の誇りとこれから
同行した初心者の友人たちも、BPMが表示される最新機材のおかげで、カウントさえ取れればそれなりに繋げてしまいます。
正直に言えば、「これならインフルエンサー系の自称DJが乱立するわけだ」と毒づきたくなる気持ちも少しだけ湧きました。
BPMを合わせるだけの技術が民主化された今、DJに求められるのは「選曲」や「楽曲制作」という、より深い表現力なのだと改めて感じます。
BPMを合わせるだけの技術が民主化された今、DJに求められるのは「選曲」や「楽曲制作」という、より深い表現力なのだと改めて感じます。
私も久々に触れましたが、やはりレコード時代から培った感覚は消えていませんでした。
右耳が聞こえなくても、どうにかなるものでした。
右耳が聞こえなくても、どうにかなるものでした。
来年は、また人前で「音」を届ける機会を作りたい。 自称DJですが、ブッキングお待ちしております(笑)。









最後は、1月から始まる「小麦断ち(花粉症対策)」に備え、中目黒唯一のバレアリックハウス系ラーメンで最高の締めくくり。
音楽を辞めようと思ったあの日の出来事は、また別の機会にお話しします。




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